withNOUCHI 情熱オーナー対談 Episode5 生成AIの価値とリスク これからのオプトの展望
1967年生まれ。東京理科大学工学部を卒業後、91年に森ビル入社。96年にオプト(現デジタルホールディングス)に入社。99年に取締役に就任。2006年からはCOO(最高執行責任者)、その後数々の戦略子会社の設立・運営に携わる。13年より投資育成事業の責任者として陣頭指揮を執り、出資先への経営指導やビジネスモデル開発において、多くのベンチャー企業のIPO(新規株式公開)を支援。15年よりBonds Investment Groupの代表取締役に就任し、現在も兼務。20年3月にデジタルホールディングス代表取締役社長 グループCEO(最高経営責任者)に就任。
2005年 京都大学文学部社会学専修を卒業、McKinsey & Companyに入社。
2006年 株式会社オプトに中途入社。SEMコンサルタントとして金融業界を中心とした広告運用支援に従事後、SEO事業およびSEM研究所を立ち上げ。2009年にクロスフィニティ社に異動。
2010年 ソーシャルアプリ/メディア事業の立ち上げに従事。
2011年 国内初のCRO(Conversion Rate Optimization)事業を立ち上げ、同社の主要事業の1つに育てる。
2016年 アフィリエイト広告やSEO向けのAI開発をミッションとするR&D Div.を立ち上げ、ゼネラルマネージャーに就任
2019年 オプトに復帰
2020年 AIソリューション開発部を立ち上げ、同部部長に就任。
※本動画及び記事は、2023年8月29日(火)に収録した内容を元に作成しています。
情熱オーナー対談とは
代表取締役社長 グループCEOの野内敦が、デジタルホールディングスグループで活躍する情熱オーナー※1と対談し、事業の内容や取り組みへの想いをお伝えする企画です。一人ひとりが日々何を考え、どのような姿勢で事業に向き合っているのか、その真相に迫ります。
※1 デジタルホールディングスグループでは、バリュー「5BEATS」の体現者を情熱オーナーと呼んでいます。
URL:https://digital-holdings.co.jp/philosophy/value
「CRAIS for Text」リリースの裏側
野内:本日は、オプトのAIソリューション開発部 部長の田中さんにお越しいただきました。オプトでは、いま話題のChatGPT※2を活用したサービス「CRAIS for Text」を提供していますが、田中さんが担当しているAI領域やサービスの詳細についてお聞きしたいと思います。まずは、広告業界でAIの活用が非常に増加しているなか、オプトがAI領域、特に生成AI※3を活用したサービスに参入した背景を教えてください。
※2 ChatGPT:米OpenAI社が開発し、2022年11月に初期版を公開した人工知能チャットボット。
※3 生成AI:さまざまなコンテンツを生成できるAIを指します。従来のAIが定型業務の自動化が目的であるのに対し、生成AIはデータのパターンや関係を学習し、新しいコンテンツを生成することを目的としています。
田中:現在のインターネット広告業界には、主流として運用型広告があり、ここには大きく四つの変数があります。一つ目は「ターゲティング」で「対象者はどなたか」、二つ目が「配信面」で「どこで配信するか」、三つ目が「入札」で「いくらで配信するか」、四つ目が「クリエイティブ」で「どのように見せるか」です。最初の三つは、Googleなど各プラットフォームで自動化や最適化が進められてきました。これに対して、四つ目のクリエイティブ領域では、自動化や最適化は手付かずに近い状態でした。そのようななかで、広告業界では約5〜6年前から、クリエイティブ領域にAIを上手く活用することで差別化しようという流れが出てきました。オプトでは、現場からの要望もあり、2020年前後から本格的に注力しています。テキストに関しては、深層学習を用いた効果予測も着手しており、こちらは精度として良い水準にまで来ていました。しかし、生成AIについては、R&D※4において、実用化までのハードルがいくつかありました。今回、生成AIの領域でChatGPTがリリースされたため、従来から手掛けていた効果予測AIと上手く組み合わせることで、素早くプロダクトをリリースすることができました。
※4 R&D:Research and Developmentの略称。企業における自社の事業領域での研究開発を指し、新たな知見や技術の開発を目的に行います。
野内:約7〜8年前は生成AIがまだ世の中に出ていなかったと思いますが、その時からAIを活用しようと思っていたのでしょうか。それとも、何か違う方法でしたか。
田中:「生成AI」と言われるようなものは確かにありませんでした。ただ、「AIでテキストを生成する」ということ自体は、機械学習や自然言語処理の分野では、以前から取り組まれていたものです。Google翻訳のような機械翻訳も一種の生成ですし、言語処理学会などでも昔から「生成」は大きな領域としてありました。ChatGPTに加え、画像生成のStable Diffusion※5やOpenAIのDALL-Eなどが出てきたことで、今、生成AIが脚光を浴びるようになりましたが、「生成するAI」は昔からありました。
※5 Stable Diffusion:テキストをもとに画像を生成するモデルを搭載した画像生成AIの一つ。
野内:特にこの一年ほどで世の中的にもブームが来て、着手することになったと思います。クリエイティブのなかでも、代表的なものとしては、テキスト・画像・動画の三つがあると思いますが、今はステップ1としてテキストを扱っているのでしょうか。「CRAIS for Text」と聞くと、「for Text ということで、次に別のものが来るのではないか」と想像してしまいます。いかがでしょうか。
田中:まさに仰る通りで、テキストが最初に着手しやすく、実用化に至る精度を相対的に出しやすかったということがあります。理由はいくつかありますが、まずは画像や動画と比べてシンプルという点が挙げられます。その他には、著作権などのリーガル面もあります。画像はセンシティブなところがあり、グローバルにおいてもまだ境界線が定まりきっていないところがあります。画像に関する効果予測も2020年から取り組んでおり、良いところまで来ているため、「乞うご期待」という段階です。
「CRAIS for Text」の提供価値
野内:そもそも「CRAIS for Text」というサービスは、使い手であるテキストを制作する側と、それを活用して広告を出稿する企業の両方にとってwin-winな状態だと思いますが、具体的には、どういう効果を発揮していますか。例えば、工数が何分の1になっているということや、お客さまからすると、提供されるクリエイティブのコンバージョンが上がっているなど、どなたに対してどのようなベネフィットを出しているのかを教えていただきたいです。
田中:事例として数字を出せるものでは、オプトの自社セミナーがあります。私が登壇したセミナーのインターネット広告をFacebookで出稿したのですが、元々社内の担当者が制作していたテキストと、「CRAIS for Text」で制作したテキストを比べると、インプレッション※6が約1.8倍改善しました。また、CPAと言われる「1申し込みにかかるコスト」も4分の3ほどになったという良い結果が出ています。他には、SaaS系のお客さまで、インプレッションが約3倍、クリック率が約1.8倍、CPAが約6割になったという数字もあります。
※6 インプレッション:広告が表示された回数のことを指します。
野内:人間が制作したテキストよりも圧倒的に効果が良いということですが、その比較は熟練者の方との比較ですか。
田中:基本的には、オプトのコンサルタントやディレクターなど、熟練者が対応しています。もちろん、いまお伝えしたような良い数字ばかりが出ている訳ではなく、こちらでは良い数字の事例を言ったという点もありますが、それでも、そのような方たちを上回るケースが出ています。
野内:なるほど。効果の話をしていただきましたが、制作工数への影響はいかがでしょうか。
田中:制作工数に関しては、例えば、今まではリスティング広告用のテキストを5種類制作するために、調べる時間なども含めてトータルで約2時間かかっていました。これに対して、「CRAIS for Text」を活用した場合、同様に5種類のテキストを制作するためには、最初に40〜50種類のテキストを生成し、そのなかから効果予測でトップ10種類を選出し、それを熟練者が確認して5種類に絞るというプロセスで、約30〜40分の時間で済みます。このような典型的なケースでは時間を4分の1に圧縮できています。
野内:非常に良いですね。こちらの活用有無は、お客さまが決定されるのですか。それともオプト側が決定するのでしょうか。
田中:両方のケースがあります。いまは、オプトの社員であれば、誰でも自由に活用できる状態になっていますので、アクセスログを確認することはできます。ただ、オプトのスタンダードになるほど活用されるには、もっと頑張らないといけないと考えています。
野内:効率性が高まり、効果にも表れているというAIの良さがある一方、最後は人が確認するというお話もありましたが、AIの弱点やリスクについては、どのように感じていますか。
田中:例えば、「このような文言は会社として控えたい」や「こちらは過去に配信したことがあり、あまり効果が良くなかった」など、お客さま自身やオプトにて何年か担当しているコンサルタントであれば既知の情報や、お客さまそれぞれのご事情をAIは判別できないため、そのような内容も生成してしまうことはあります。また、いまでも稀に、文脈や文言として合わないものも生成されるため、その辺りは人間がしっかりと確認することが必要です。
野内:それは欠かせないプロセスだということですね。
田中:現状では欠かせないプロセスだと思います。
野内:「こちらは良くない」となった例としては、どのようなテキストを生成してしまったのでしょうか。
田中:例えば、ターゲットを入力する欄に「40代女性」と入力した時に、生成したテキストのなかに「40代女性」という文言をそのまま出力してしまったことがありました。もちろん、生成している側としては、その文言を入れてほしい訳ではありません。
野内:それが効果予測で上位になり、最後の10種類に残ることもあり得るということですよね。
田中:そうですね。あり得ます。
野内:私たちが確認した後でも、お客さまが「やっぱりこちらを採用したい」、「こちらは控えたい」となることも起こりますか。
田中:そういうこともあると思います。
野内:健全ですね。健全ですが、私はもっと自動化されるイメージがありました。テキスト生成から抽出して配信まで、ある意味で人間がほとんど介在しないようなものとしてつくり上げているのかと思いましたが、意外と泥臭くやっているということですね。
田中:そうですね。泥臭いところはありますし、人間の役割はまだ、そう簡単にはなくならないと思っています。
広告業界・広告代理店に対してAIが生む「機会と脅威」
野内:ここ最近、生成AIが大変業界を騒がせていると思います。AIを活用している同業他社もありますが、広告業界や広告代理店にとっては、どのような機会と脅威があるのでしょうか。いままでの広告業界や広告代理店の役割が、AIによってどのように変わっていくのか。答えは無いと思いますが、プロの見立てを教えていただきたいです。
田中:正直なところ、いまの質問に対して明確な答えを持っている人は、ほとんどいらっしゃらないと思います。10〜20年のスパンで考えると、どなたもわかっていないというのが実情ではないでしょうか。いまのChatGPTや生成AIの盛り上がりや精度の向上については、第一線を走る研究者たちも驚いている状況のため、どなたも未来を予測できておらず、これからもできないだろうと思います。そのうえで、先ほどの四つの変数のなかで、四つ目のクリエイティブにおいても、生成AIがますます活用されるようになると、広告代理店からすれば変数が減ることになります。
野内:四つの変数のなかで、プラットフォームが三つを握っていて、生成AIが四つ目を握るからですね。
田中:そうです。「では、広告代理店はどこの変数を握るのか」という問題が本質的にあると思っています。ただ、これまでも10〜20年かけて自動化や最適化が進む一方で、設定する項目が増加したこともあり、仕事が減少しているかというと、それほど減少していないという実情もあります。それでも、さらに自動化や最適化が進んだ先では、私たちの仕事は、お客さまとのコミュニケーションや戦略といった、より上流へ移行すると思います。いまも戦略コンサルティングの企業が、Webマーケティング領域に拡大している面もあると思いますが、そのような垣根が徐々になくなっていくのではないかと感じています。
野内:それは今後、何年で来ると思いますか。
田中:難しい質問ですが、感覚的には約3〜4年後とイメージしています。いままでに現れていた各ピースがはまってきて、いよいよその時が訪れるのかもしれないと思っています。
野内:それは脅威ですね。
田中:はい。広告業界としては、ある種の脅威だと思います。
野内:機会としては、先ほどのような効率や効果が上がることでしょうか。
田中:少なくとも過渡期においては、いち早く順応し活用したプレイヤーが非常に有利になると思います。
野内:タイミングが本当に大事ですね。昔の話になりますが、検索広告が国内で普及し始めた頃、海外で自動入札ツールというものが動き出していました。これに対して私は、人間が入札する必要がなくなるのではないかと非常に脅威に感じた経験があります。一部は自動化したかもしれませんが、結局、自動入札ツールだけの市場は創出されませんでした。しかし、今回の生成AIは、その時の流れとは少し違うと思っています。以前と比べて技術が非常に進歩していて、自動化が本格的に進むレベルに到達していると感じています。田中さんは当時のこともよくご存知と思いますが、この点はいかがでしょうか。
田中:私自身は、2007〜2008年前後に、最初は脳に関心を持ち、そこからAIに興味を持って個人的に勉強していたのですが、当時思い描いていた「AIでこうなるだろう」という未来が、いよいよ訪れていると感じています。こちらは「急に来た」という感覚です。ディープラーニングが2012年前後から盛り上がり、そこから約10年経過して、次の波が訪れたと思います。
野内:今、各社でChatGPTを活用した効率化の働きかけがありますが、さらに一歩進んで、ChatGPTを頼らずに自社で生成AIをつくろうとするスタートアップも現れていると思います。日本語は自然言語処理が非常に難しいため、やはり日本製でないとできないのではないかという方もいらっしゃれば、OpenAIがシェアを独占するという方もいらっしゃいますが、田中さんはどのように捉えていますか。
田中:現時点では後者だと思います。GPUが世界的に枯渇し、奪い合いのようになっていますが、このGPU調達のコストや計算にかかる電気代などが依然として大きい状況です。その背景には、同じモデルサイズに対しての計算コストは減少していても、モデルがどんどん大規模化していることが挙げられます。
野内:OpenAIの規模を追求するのはおそらく無理だと思います。ただ、何かの専門に特化して、ある特定のことを生成するために自社でAIをつくろうとする企業は多く現れるのではないかと思っています。もしそうだとすれば、当社としては、特定の領域に参入するのかしないのかという判断が発生するのではないかと思っているのですが、いかがでしょうか。
田中:以前は、英語のデータを学習してつくったモデルと、日本語のデータを学習してつくったモデルは別で、英語に優れていても日本語は優れていないということがありました。しかし、ChatGPTのような最近のモデルは、その垣根を一定、崩してしまっています。日本語に関しても、英語より少し劣るけれど、他の日本語専門のモデルと比べても精度が良いとなっているため、日本語だから独自で着手するという意義は、以前と比べると相対的には下がっていると思います。
田中の見据える「CRAIS for Text」の展望
野内:色々とお話を伺いましたが、私たちがAI領域に参入したというのは、メディアでも話題になっていて、私たちの他のプレスリリースと比べると、取り上げられ方がワンランク上になっています。その期待を背負う責任者として、社内や業界全体、あるいは社会に対して、このような貢献をしていきたいという展望があれば、お聞かせください。
田中:今回のサービスは、スピードを最優先にChatGPTのAPIのリリースから約2〜3週間で、業界に先駆けてプロダクトをリリースしました。いまは、より社内外で活用されることに注力しています。加えて、さまざまな新機能も開発しています。ランディングページやドキュメントの内容を踏まえてテキストを生成する機能や、生成と効果予測のサイクルを自動で回して改善する機能を開発環境上では実装しています。また、深層学習は、「このバナーの効果が良い」となった時に、「なぜ効果が良いのか」という説明が弱く、精度は良い一方で人間になかなか示唆を与えてくれないという弱点がありました。この点についても、OpenAIの画像解析機能なども上手く活用して、説明性を担保して、人間がフィードバックを受け取り、よりクリエイティブを改善できるような機能も追加していきたいと思っています。
野内:他社がOpenAIの技術を活用し、クリエイティブを生成して事業化することもできると思いますが、私たちの強みは画像なども含め、その効果を予測するところにあり、そこに勝機があるという認識で合っていますか。
田中:はい。大きなポイントの一つとして、まさに効果予測があると思っています。OpenAIがそのようなものを提供してくれる訳ではありませんので、今まで自社で培ってきた予測モデルが非常に重要になります。
野内:時間が経過すると、クリエイティブの自動生成はさまざまな会社が着手し始め、「つくる」ということに関しての差別化は難しくなる一方で、良いものを抽出するという点で差別化していくということでしょうか。
田中:そう思っています。これは効果予測に関しても言えますし、ファインチューニング※9と言われますが、生成モデルに自分たちの持っているデータを追加できるため、武器になると思っています。
※9 ファインチューニング:既に学習済みのモデルに新たな層を追加し、モデル全体を再学習する方法を指します。
野内:独自の強みを加えるということですね。そのような強みをどんどん活かして、事業にプラスの影響を与えられたら非常に良いと思います。では、改めて、読者の皆さまに田中さんからメッセージをいただければと思います。
田中:私たちはAIを活用してどんどん社内の効率化や、社内外の広告テキストの多様性やクオリティ、効率を改善していきたいと思っています。引き続き、新機能の開発も含めて頑張りますので、ぜひ皆さま、サービスを使っていただいて、ご意見やご不満などがありましたら、フィードバックをいただければと思います。よろしくお願いいたします。
野内:本日はありがとうございました。
田中:どうもありがとうございました。